組踊「花売の縁」
組踊「花売の縁(はなうりのえん、ハナウイヌヰン)」は安永天明の頃(18世紀後半頃)の高宮城親雲上(たかなーぐすくぺーちん)の作です。一名を「森川の子(むりかわぬしー)」といいます。
能の「芦刈」(私は見たことはありませんが・・)の影響を受けていると言われています。
組踊の中で唯一の世話物だそうです。(世話物とは当時の庶民の生活等を題材にしたもの)
そのためか、ストーリーがわかりやすく他の組踊と比べて比較的肩の力を抜いて観れる組踊ではないかと思います。
古典音楽団体の研修の演目として取り上げられることが多く組踊の入門編とも言えるのではないかと思います。(私も最初に稽古した組踊は花売の縁でした)
人気の高い組踊で上演回数も多いようです。
あらすじは、首里士族の森川の子が生活難のため妻子を他へ預け自分は山原へ出稼ぎにいった。何年かして妻の乙樽(うとぅだる)は生活の道がついたので娘の鶴松(ちるまち)をつれて夫の森川の子を訪ねはるばる山原へ出向くのでした。
大宜見の塩屋まで着き一休みしているところへと猿引(さるふぃち)(猿回しのようなもの)がやってきて猿の芸を披露し、次に薪取り(たちじとぅい)が登場して森川の子の様子をとつとつと語ります。森川の子は仕事がうまくいかずに生活が困窮しているとのことで最近は行方がわからないとのこと。やがて花売りがやってきますがこの花売りが実は森川の子なのです。鶴松に踊りを所望され一踊りしたあと花を一差し乙樽へ持って行きますが妻であることに気づき小屋へ逃げて隠れてしまいます。自分はこのように落ちぶれてしまいあわせる顔がないとなかなか出てきませんが乙樽と鶴松が森川の子へ一緒に戻ろうと語りかけるとようやく出てきて感激の再会を果たすというすじがきです。
乙樽、鶴松の出羽に仲間節、道行に長金武節が演奏されますが、二人の思い、長い旅路の難儀な様子を良く表しています。
長金武節
恋し津波村や 知らねども親子 肝の思出しど 道しるべと思て とまいどまいに行きゆる
旅立ちの袖に 掛る白玉や 降らぬ夏ぐれか 歩で歩まらぬ 山路踏み分けて 頼む津波村や 今ど着ちやる
くいしつぃふぁむらや しらにどぅむうやく ちむぬうびじゃしどぅ みちしるびとぅむてぃ とぅめどぅめにいちゅる たびだちぬすでぃに かかるしらたまや ふらんなつぃぐりか あゆでぃあゆまらん やまじふみわきてぃ たぬむつぃふぁむらや なまどぅつぃちゃる
続く
関連記事